「神戸大好き・あすのKOBEを創る会」研修会講演、インドビジネスのこれからとインド人との付き合い方
Kiran Sethi's presentation (in Japanese only) on India to the members of "Kobe Daisuki (Love Kobe)" which is a supporters group to City Assemblyman Mr. Kitagawa.
充実した神戸の国際学校
今日はインドに関していろいろとお話させていただきたいと思いまナ。私はイ ンドの専門家でないし,インドのことを勉頭したわけでもありません。神戸で生まれ育って、神戸で商売人としてやっているものですので、インドの深い部分の お話ではなく、.私が生まれ育った環境をはじめ体験した話の中でインド1こ触れていただければと思います。簡単なインドの歴史・文化の話、日本にいるイン ド人の話、インドがどれだけすごいかという話などをできればと思います。皆さんばインドと行ったら何を思い浮かべますか、イメージとして強いのはカレーですね。私は2004年総理官邸に呼ばれていったことがあります。ちょうど 神戸空港が出来るか出来ないかという時期で、小最首相に二つの提案をしました.。ひとつは「神戸空港をよろしく頼みます。国の政策とLて国際便を飛ばすこ とも含めてお願いします」といいました。もちろん首相はその場で「はい、国際線とばします」とは言えないですけれども、前向きな反応をいただきました。もうひとつがインドのことです。インドではIT関係の技術者がたくさん育ってきていますが、国の政策として、インド人だけではなく世界のインド系の人たちをもっともっと目本に取り入れて技術を広げようと提案しました。その時の小泉首相の反応は「キランさん.私はカ レーは好きですよ」と、そういう感じで来ました。やばりインドというとカレーのイメージが強いのですね。そして、まだまだインドの実際を皆さん知らないと ころがありますので,本当にペーシックなレペルでの話をさせてもらえればと思います。まず私についてですが、私の両親はインド出身で50年前に神戸に来て会社を始めました。そうして時代の流れの中でアメリカとつながりがあり、私はアメリカ 国籍の、インド系アメリカ人です。インド系の人は神戸にだいたい1000人くらいいます。日本の中でば多いほうです。なぜこんなに多いのかというと、やは り学枝です。神戸の国際学校のインフラは非常に大事なのです。日本人は転勤で海外に駐在する時は単身赴任で行くことが多いと思います。ところが外国人は家族を連れていきます。華族と一緒に行けない国には行きたがりません。ということば大手の外資系企業などで優秀な外国人の人材を連れてくる場含にも学校が整備されていないとうまくいきません。私の場合は須磨にあるマリスト国際学校に中学校くらいまで通って、最後は六甲にあるカナディアンアカデミーに行っていました。この学校で両方ともすごいのが、生徒はクラスに70人くらいでしたが、国籍は全部で35カ国でした。これは海外ではなく神戸の話です。多様な文化がひとつ の学校に集まっていて.私たちの頃は近所の公園で地元の子と野球していたくらいです。いろいろと遊ぱしてもらったのが思い出です。その後、大学と大学院はアメリカで、大学院が終わってアメリカで就職がしたかったのですがやはり家の貿易会社がファミリービジネスなので帰ってこいという ことで呼び戻されました。しかし会社で働くだけでは面白くないので吉本でアルバイトをしていた時期がありました。テレビに出なくなったのはある方に嫌われ たからで、私はあの人ともう少し仲良くしていたらスーパースターになっていたのではないかなと、冗談ですが。本業の貿易商をやりながら、アルバイト的にそ ういうこともしていました。
日本の10倍の面積に約11億人
さて、では本題のインドです。日本からインドに行くには飛行機で10時間 ちょっとかかります。東京からだったら首都のデリーに直行便がありますが、関空からだったら香港などを経由して行くことになります。日本とインドを地図で 見ると、インドはものすごく大きい。国土が328万7000平方キロメートルで日本の10倍以上あります。それだけ広い国だから、南北は飛行機で6時間、 東西で4時間かかる面積国です。数年前のデータで入口は10億2000万人です。いまはおそらく11億くらいになっているのではないでしょうか。この前、神戸の仲間たちをインドのデリー に連れて行って、タージ・マハルを見に行きました。ガイド2人をふくめて6人、車で行きました。その道中、誰かが「デリーの人口はどれくらいか?」とガイ ドに質問をしました、一人のガイドは「1800万人くらいかな」といい、もう一人は「違う違う、4000万人だ」といいます。ものすごく開きがある数字で す。人口の話はこうなりがちで、インドは10億人なのか11億人なのか、デリーについて言えば首都なので人の出入りが多く人口の正確な管理がしにくいです。イ ンドで人口が多いのはニューデリーとムンバイです。バンガロールというのはITの世界では有名で、大手IT企業がたくさん入っています。コンピュータのソ フトを作る人たちがたくさん育っているような状況です。 国が大きく貧しい人が多いので、教育レベルはまだまだで全員が読み書きできるような国ではありません。識字率が65パーセントとのことですが、最近は教育 が発展してきていますので今では80パーセント近くになっているのが現状だと思います。軍事的には、周辺に中国やロシアがあり、またイスラム系の国に支配 されたりしてきて、またイギリスの植民地だったこともあり、国を守りたいという意識が非常に高く、軍事には非常に力を入れています。核兵器も持っているの はそういう背景があるからと理解していいかと思います。資源としては鉄鉱石が非常に豊富で、日本の製鉄会社では、インドからの鉄鉱石が取り合いになってい る状態です。しかし、インドは今発展してきていますから、輸出するよりも国内に使いたいということで話題になっております。言語は、インド語という言葉は ありません。公用語はヒンディー語と英語ですが、インドにはたくさんの言語があり、インド語といっても 「どのインド語?」という状態です。インドの10ルピー紙幣を見ると、右上にいろいろ書いてあります。15行あります。これは、15の言語で10ルピーと 書いてあるわけです。日本の関西弁や関東弁、九州弁などというものではなく、それぞれが字からしてまったく違う、お互いに通じない15の言語で書いてあり ます。新聞も150言語で出ています。広い国で、いろいろな人がいるということを理解していただきたい。
ヒンズーやイスラムなど多宗教
インドといえば仏教の国というイメージですが、今、仏教徒はほとんど いません。統計で見ても数字に出てこないくらいに少なく、「その他」の中に人ってしまっています。ヒンズー教が80%、イスラム教の人も多いです。ですか ら割合ではなく数としては、イスラム教徒の人数は世界でインドが・番多いかもしれません。それくらいイスラム教の人が多い。私はターバンを巻いていますが、インド人が皆ターバンを巻いているわけではありません。シーク教という宗教があって、その人たちが巻きます。これはいろい ろな宗教のおいしい部分を全部とって作った宗教で、インドの人口の2%です。つまり2000万人ですからそう多くはないのですが、ターバンを巻いているか ら目立ちます。シーク教は若い宗教で、500年くらいの歴史を持っています。インド北部から始まっています。インドが外国から支配されようとしている時 に、インド北部でシークの人達が武士として守っていたというのが歴史の始まりです。シークの人はひげや髪の毛にはさみを入れませんので、長い髪の毛を布で巻いています、布は3メートルくらいあります。それがターバンですね。日本で唯一のシークのお寺が神戸にあります。僕もいろいろとそこでお世話になっているのですが.皆さん日曜日のお昼に「腹が 減ったなあ」となったら、そこへ来たらいいです.ご飯が出てきます。ただしインド料理、つまリカレーです。カレーがただで食べたい時にはシークのお寺に来 てください。そういうわけでインドにはいろいろな宗教がありまして、寺院もお寺もインドのあちこちにたくさんあります。 宗教がインドの何かというと、文化の一環です.,日本でも昔はお寺に行かせて勉強させたと思うのですが、そういう基本的なところから来ています。ですから最近の変な宗教のイメージで「洗脳しよう」とかそういうのではなく、昔の文化的な部分でインドには宗教がたくさんあります。
カーストで成り立っている社会
インドで宗教の次にくるのは、カーストの話だと思います。日本でカーストというと「タブーな話」というように受け取られることがありますが、インドではタブーでもなんでもなく現実の話です。カーストがあって初めて国と国民の役割が成り立っています。例えば僕がインドに行くと、日本で生まれ育ったものですからカーストが下の層のお手伝いさんなどには慣れていません。僕の親の家に行って、朝起きたら自分 で台所に行ってコーヒーを作りたいのですが、お手伝いさんは入れてくれません。もちろん僕は雇っているほうの立場の人間ですから無理に入れば行けるのです が、お手伝いさんはすごく嫌な顔をする。なぜかというと、白分の仕事をとられるからです。僕がコーヒーを作ったら、お手伝いさんは仕事がなくなってしま う。そういう感覚もあるわけです。そういう意味で、役割が明確で成り立っているわけです。階層があってもそれが失礼というわけではなく、インドでは下の人が上に上がる気はないし、上の人も下に下りる気はありません.中間の人で農民が商売人に なったりという動きはありますし、ま.たITで皆を裕福にしようという動きもありますが、基本的には現状で成り立っている部分があります。前回神戸の仲間 をデリーに連れて行ったとき、道端で物乞いをしている人たちがたくさんいました。見ているとさびしいものですが、実際は彼らは仕事でやっています。車で信 号待ちなどのときに窓をコツコツとたたいて、彼らはお金をもらいにきます。私と一緒にいた仲間がそれに対して、窓を開けて英語で「君らはこんなことをしていて恥ずかしくないのか、仕事をしろ」と言いました。すると相手はさっきま で「私はしゃべることも出来ない」とゼスチャーしていたのに「お前にこの仕事をできるか!?俺は自信を持ってこの仕事をしているんだ」と言いました。その 反応に驚いて、「あ、それは失礼しました」ということでお金を渡して「頑張ってください」といいました。それだけプライドを持って、白分のカーストの中で、家族を持って幸せに過ごしているのです。そのように出来上がっている部分があります。もちろん皆がそう いうわけではなく、ご飯が食べられない人、家がない人もいるのですが、しかし階層があって成り立つ仕組みになっていると理解していただいたらいいかと思い ます。
カレーは日本の醤油と同じスパイス
インドについて宗教、カーストと来たら次は食ぺ物の話ですね。インド人と一 緒に食串したことがある人もいるかと思いますが、その時はいろいろと気を使うと思います。何を食べるか、これは口に合うかなど。彼らの中にはベジタリアン もいます。野莱しか食べません。野莱しか食べないといっても僕らはなんとなく 「魚もちょっとつまむのかな、卵はいいだろう」と思いますが、そんなことはありません。まったく駄目です。厳しいベジタリアンの人は卵はもちろん、例えば かつおだしのうどんも駄目です。昆布だしならばいい。ややこしい人がインドにいくといっぱいいます。ですからインド人と一緒に食斑をするときには、注意が必要です。インドといったらカレーですが、一・日三回 カレーを食べるのかというと、食べます。口本では一日三回醤油と味醂が入ったものを食べるのも珍しくないと思いますが、インドでもそれと同じような感覚 で、いろいろなスパイスを組み合わせてカレーを作って食べます。スパイスのコンビネーションが変わることで味の変化があります。また、鳥を使ったりラムを使ったりします。牛肉はあまりつかいません。なぜかというと、牛 は神聖なものということの他に、牛からは牛乳が出ます。牛を殺してしまったら牛乳が取れない。牛肉を食べないことにはそういう由来もあります。また、主食については北部に行くとロティやナンと呼ばれるパン、甫に行くとコメです。コメはこちらの炊飯器で炊いたようなモチモチのものとはまったく違う、パサパサのものです。北と南では料理がぜんぜん違います。また、暑い地方では辛さが強くなります。同じようにカレーといっても場所によってさまざまですから、いろいろなスパイスを混合した料理があると理解していただいたらいいと思います。僕が好きなのはタンドリーチキンです。釜に野菜や鶏肉、ナンも入れて焼くと冷たいビールとものすごく合います。今度インド料理屋に行ったらタンドリーチキ ンとビールを頼んでみてください。いろいろ言いましたが、インドの人と触れ合う時にはベジタリアンとノンベジタリアンのことはよく覚えておいてください。 失礼なだけではなく、ペジタリアンの人が間違えて肉などを食べてしまうと罰が当たると考える人もいます。
インドはほとんど見合い結婚
インドでは、ほとんどの人はお見合いで結婚します。僕は大阪出」身の嫁さんがいるのですけれど、恋愛結婚で大変でした。インドと日本は目上を尊敬して下の者の面倒を見るなど基本的な部分は似ているのですが、結婚についてはものすごく違います。日本の結納は男性側が女性側にいろいろ持っていくのですが、インドにはダウリーという習慣があって、男性側が女性側からいっぱいもらいます。これから私の 娘を大事に見てくださいという理由でいろいろなものを持っていきます。ですから私の場合、嫁さんの家は私が結納を持っていくと思っているし、私の家は嫁さ んがダウリーを持ってくると思っている。.結局最後はお互いにあげあってチャラになったのですが、僕は間に立って大変な思いをしました。このダウリーが今インドでは大変な問題になっていて、ダウリーをもらう男性側がダウリーの粗末な嫁さんをいじめたりということが起きています。結婚式の代 金も全部女牲側が持つので、娘が3人いたら破産するというような状態です。また、インドはお見合いで結婚するので、女性がインターネットで白分の広告を出 します。目曜日の新聞も4面くらいがそういうもので埋まります。「私は美人です、頭がいいです、教育を受けています、結婚相手を探しています」という内容 です。そんなに美人で頭がよかったら新聞に載せなくても相手が見つかるような気がしますが。インド国内だけではなくインド系の人はお見含いで結婚しますか ら、例えばアメリカなどでもインターネットで同じようにしています。結婚は本人同士よりも家族同士の絆という意識がありますから、それでうまくいきます。例えばインターネットに載せているこの人は「私は女性です、年齢は 32歳、身長は165um、ボディはがっちりしています、国籍はアメリカです」などなど。他にも宗教は何々です、星座は何々です、ベジタリアンかノンベジ タリアンか、酒を飲むかどうか、タバコをすうかどうかなど、全部書いています。時代によって好まれるお見合いの条件は変わって行っており、1960年代だ と美人かどうか、カーストが一緒かどうかなど、70年代はどんな学校を卒業したか、80年代も学歴が高いか、90年代になると収入や髄康状態、謀族の背泉 などが大事になってきたりします。インドは数字です。19×19など、二桁の数字の掛け算もすぐに出釆てしまう.勉強しています。親が教育に対して必死です。ではなぜインド人がこんなに数 字に強いのかというと、ある方は「教育ではない。インドの市場などでたくさん人がいる中で買い物の釣銭をごまかされないために計算ができるようになる」と 言っていました。市場などではレジがないところも多いし、正確な釣銭をすぐに計算できないといけません。
神戸は世界一住みよいまち
インドのイメージをいろいろなことに触れながらお話しましたが、日本にい るインド人についても少しお話させてもらいたいと思います。巨本全国では、例えばアメリカ国籍のインド人も含めて、インド系の人はだいたい2万数千人おり ます。ほとんどが東京です。東京にいるインド系の人は大手の外資系企叢の幹部とか、あるいはIT技術者とか、そういう人が多いです。日本に数年いて本国に 帰っていくというパターンですF.ずっと居座る人が東京では非常に少ないです。関西はそれとはちょっと違っていて、ずっと住んでいます。港が開港してから インド系の人はちょこちょこ出入りしていたのが、第一次世界大戦の後、1920年代後半くらいから増えてきました。今神声に1000人ほどいます。大体 250家族くらいです。この人たちはほとんどが、20年以上神戸にいるのではないでしょうか。日本で外国人がじろじろ見られないのは六本木と神戸だけで、 神戸の人たちは外国人に慣れています。駅でも電車でも、ターバンを巻いていても大丈夫です。そういう神戸の文化が居心地よい住みやすさを作っています。神戸のインド系の人たちは、ほとんどは白営業です,職種は宝石商、家電業、繊維関係の3種類が多い。その他はレストランや私のような商社です。案外IT関 係の人は少ない。神戸は住む環境が出来上がっていて住みやすいので、繊維関係や家電業の人は会社は大阪において、住むのは神戸という方が多い。奥さんや子 供が毎日過ごす環境を考えるとそうなりますe神戸にはインド系のお寺が複数ありますし、インド系のクラブが北野町と熊内のふたつあります.外国系のクラブも神戸外国クラブ、三宮のレガッタ& アスレチッククラブなどあります。神戸はアジアで2番目に住みやすいということで.なにかで表彰されていたような記憶がありますが、僕は、神戸は世界で一 番住みやすいのではないかと思っています。
現地事情を知ってビジネスを
さて、インドも中国も経済的に発展してきているということで、よくインドと 中国は比較されますが、実際はぜんぜん違う国です。中国は共産主義の国です。インドは民主主義の国です。人口がものすごく多いので、民主主義のいいところ 悪いところがありますが、インドの場合、悪いところは中々まとまらないことです。紙幣に印刷してある言語だけで15もありますから、大変です。そういう意 味で、いろいろな場所でいろいろな発展が起きているインドですが、私はインド相手には商売をしません。なぜかというと、インドの事情が分かっていないとトラブルが起きるからです。十何年前にインドに現地事務所を作りました。ユニクロの商品をインドで作るた めです。ところが、インドの人は割とアバウトです。例えば2月納入予定のTシャッを10月くらいに向こうの業者に発注します。Tシャツなので、ユニクロさ んとしては4月くらいに店に並べたいですから、2月には出来上がっていないといけません。すると、インドの人は「わかった、2月に準備しておく」といいます。そうして、2月頃に出来ているか聞いたら「夏は長いんだからあわてなくていい、もう ちょっと待て」と言うのです。これは我々が時々様子を聞いてチェックしなかったのもまずかったのですが、向こうも悪気があるわけではなく、「(インドの夏 は長いから)いつでも売れぱいいだろう」という理屈です。ところが日本の場合はそうではない。ですから日本の事情を話して、2月には絶対に必要なんだとい うやりとりが必要だったのです。あるいは日本では引っ越して電話を取り付けるのを頼んだら、NTTはすぐにやってくれます。でもインドはそうではない。何回頼んでも来てくれません。なぜ かというと、実際に電話の取り付け作業をする人が、お小遣いをたくさんくれる人のところに先に行くからです。我々の事務所はいつまでたっても電話が通じな い。作業する人は家の前もよく通ります。あちらに電話をつけたり、こっちを修理したりしています。そこらにいるのに来てくれない。困って地元の人に相談し たら、「バカだなあ」と言って作業する人のところに言ってちょっと掴ませたら、3分で電語が付きました。 そういう事情を分からずにインドで仕事をしようとすると、いくらインドがすごく経済発展してきているといっても失敗します。インドは人件費が安い、商品が 安いとよく思いますが、そんなに安くありません。経済主義なので、皆儲けてやろうと思っていますから結局高い。でも、ただ高いだけでは商売になりませんか ら、付加価値をいろいろ足そうとします。そこで出てきたのがITです。脳みそで戦おうという考え方でインドは最近発展してきています。発展のすごさは例え ば携帯電話の普及数などにも表れていて、2005年に8000万台でしたが、2010年には4億台になっています。2025年の予測は11億台です。これは、携帯電話の通話料が安く、1分1円程度だからというのと、固定電話を入れるのもさっきの話のようにちょっと握らせなければいけなかったりしてやや こしいので、携帯電話を持ったほうがいいという事情があります。いずれにせよすごい発展なのが分かりますが、同時に道を牛がウロウロしていたりします。こ の辺りのバランスがインドに行くと楽しいので行った時は感じてください。
医療関運も著しい発展
インドの注目産業は先ほどお話した鉄鉱石を始めとした資源、また家電です が、テレビが売れるくらいの経済力がついてきているので、その他の冷蔵庫や洗濯機などいろいろなものが売れています。日本からは東芝やサンヨー、最近では パナソニックなども積極的に行っています。日本からインドに行った企業で一番の成功例はスズキ白動車で、インド市場でNo1Iです。インドはスズキだらけです。トヨタやホンダも進出しようとしていますが、やはリスズキに迫いつかないのが現状です。あとは、イ ンドでは医療が非常に発展しています。アメリカの医師の4割がインド系の人です。アメリカで病気になったらインド人医師が出てくることも多いです。その人 達がインドに戻ったりして医療が発展してきています。ですから例えばアメリカでは心臓バイパス手術に2000~3000万円します。アメリカは保険が充実 していないので、自分で入っていない人は保険が何もないから大変です。それが、インドに秤ったら500~600万円で出来ます。もちろん同じような人達が同じ技術でする手術です。ですからアメリカで増えているのは、手術する ためにインドに渡ってヨガなどリラックスした環境で手術を受けて、よくなって、ついでにインド観光もして帰るというツアーです。医療の発達とともに薬の市 場も伸びていて、日本の企業がインドの製薬会社を買収していした。市場が大きいからということです。もうひとつ、映画産業です。ハリウッドとボンベイを足して2で割った「ボリウッド」という言葉があるくらいです。世界で一番映画の製作数が多く、年間 900本くらい作られています。ちなみにハリウッドでは400本くらいです。それくらい映画の市場が多い。『ムトゥ 踊るマハラジャ』など聞いたことがあるかと思いますが、ほんの一例です。芸能界もその分大きいので、芸能雑誌などもたくさんあります。そういう産業が無視 できない形になっています。インドの「タタ」という会社が1台25万円の車を作りました。ものすごく安いですが、ものすごくちゃちです。メーターはスピードのみ、エアコンも何もあり ません。「事故の時に危ない」と礒論になったのですが、その会長は「危ない車を作って無責任じゃないか」と外人記者に言われて、「インドの事情を知らない な」といいました。単車で4~5人乗っている人もたくさんいる。屋根があって同じ値段ならいいじゃないかという理屈です。アメリカでもこの車が発売される ということです。インドは産業にものすごく力を入れて発展してきていると理解していただいたらいいかと思います。
世界一大きい民主主義国家
これからのインドですが、やはり伸びると思います。世界一大きい民主主義国 家ですから、総理大臣の選挙では選挙権のある6~7億入が投票します。数えるだけで大変です。選挙の始めから終わりまで2カ月かかります。国の形も日本の ように国会ひとつではなく、アメリカのように州が強いです。たくさんの州の知事さんたちが非常に力を持っています。政府はそれを総まとめしている形です。 そうして、インドは弱い立場にいながら昔から戦っています。イギリスの植民地だったことのトラウマが残っていて、強い」国の言うことを聞かないで今までき ました。それが今になって上手に付き合えるようになってきていて、例えば核を持っているだけで本当は核を持っている国の条約から排除されるはずなのです が、アメリカと手を組むことでうまくやっている。国が大きいから国内で食料から兵器まで自分の国で作れるということで、非常に強気に出てきているわけで す。そういう意味では強い国といえるでしょう。アメリカの銀行のゴールドマンサックスのリサーチでは、2050年には世界3位の経済になるのではないかとされていました。インド人はビジネスチャンスを 追及する要素が強いですが、あれだけ人口が多くて多様な文化がこんがらがっている国でから、混乱した状態を整理する力が強いです。またけっして裕福ではな いのでコスト意識が高い。さらに,教育も高まって、何千方人という若い人たちが働く場に出てきています。経済的な取り組みについては、インドの持つチャンスと日本の持つ強みが噛み合えば非常に深い結びつき方が出来るので、10年位前から政府は必死にやろうと していますし、神戸もその中から、インドといろいろな取り組みが出来るのではないかと期待しております。ご清聴ありがとうございました。
会場との質疑応答
質問1 インドの治安はどうですか。また、制度化されようとしている永住外国人の地方参政権をどうお考えですか。 回答1 まず、治安についてですが、インドはものすごく大きい国ですから一概には言いにく い部分があります。北部がどうか,あるいはデリーがどうか、ムンバイがどうかというのならいいのですが。しかし一般的な傾向としては、都会になればなるほ ど悪くなります。経済的な格差がありますので当然かと思いますが、注意しなけれぱいけません。私は向こうでは運転手をつけて、場含によってはボディガードをつけます。家の前には必ず3人ボディガードをつけています。都会ではそういう治安です。とこ ろが田舎に行くと家には鍵がなく、誰でもいらっしゃいという風に誰でも出入りしているのが現状です。観光で都会に行く場合には要注意です。しっかりかばん を持っていなければいけませ。ニューヨークへ行くのも香港へ行くのも一緒です。田舎に行く場合は気楽で大丈夫です。二つ目の選挙権についてですが、賛否両論ですので、私の個人的な憲見を喜わせてもらうと、なぜ外国人が日本で投票しなければいけないのか、投票したいなら ば日本人になればいいと思います。私が日本で選挙権が欲しいならば、日本人になる努力をします。私はアメリカ国籍ですから前の大統領選挙でも投票しまし た。私はそれでいいように思います。「キランさん.あなたは何人なの」と」言われたら、私は籍はアメリカ人ですが、文化など基本はインドのシークです。で も生まれは神戸なので佳むのは神戸です。もちろん仮に私が日本で選挙権をいただいたら、選挙権というのは権利だけではなく責任でもあるので神戸巾民として 選挙に行きますが、そこまで欲しいかというとそうでもない気もします。 質問2 インドは仏教の発祥地ですが、その仏教が時代とともに衰追して行うたのはなぜですか。 回答2 非常に難しい質問でどう答えたらいいか分からないのですが、まず、仏教は決して滅 びていません。宗教は文化ですから、何千年もの間に変化していく部分もありますので、仏教がなくなっているわけではなくヒンズーが増えたと理解していただ くといいと思います。仏教の歴吏的な部分もちゃんとインドに残っていますが、長い歴史の中で文化的にヒンズーの人達が増えたと理解していただくといいと思 いますa 質問3 インドでの健康保険制度はどうなっていますか。 回答3 理屈としては国が国民を守る形になっていまち現実的には全然成り立っていないので,なにもありません。裕福でない人が病気になったらごめんなさいです。 質問4 カースト制度についてですが、我々の拙い知識ですと高いカーストの人と低いカーストの人が食事は一緒に出来ない、握手をするなどとんでもないという認識なのですが、現在はそんなことはないのでしようか、それともある程度は残っているのでしょうか。 回答4 完全に残っています。私が家の召使と外で歩くことはありません。召使も私と一緒に 歩く姿を人に見られたくありません。私はシーク教ですが、シーク教の教えでは差別をしてはいけないとされています。男女間にも上下はないとしています,社 会の中で制度が出来上がっていますのでそのようにしますが、シークのお寺に行ったら皆いっしょです。 質問5 女性の服装は伝統的なサリーから時代とともに変わってきているのですか。 回答5 時代の流れで服装は変わってきていますと私は家内と結婚してインドに行った時に、親戚まわりをしました。その時にはきちんとしたインドの服でいました。すると夜10時くらいに友達から講話があって「ちょっとディスコに行こうよ」ということで、家内は「着替えて行 きたい」といいます。日本で着物のままディスコに行くのはおかしいじゃないかという考えです1,だから私は、インドではきちんとした服装をしているものだ から、そのままがいいといって行きました。すると、違うのですね。胸の谷間が昆えるような女性がいたり、ズボンもビシッとかっこいいのを履いていたり、ワ ンピースのかわいいドレスを着ている女性がいたり。そんな中で我々はインドのトラディショナルな服装でいたものですから、ものすごく恥ずかしい思いをしま した。やはり若い世代は変わってきています1,しかし、私の親くらいの世代はまだインドのサリーや、パンジャビスーツという上下の服をよく着ています。